
瀬戸内の夏は、西から差す光も角が取れて少し柔らかく感じる。
迷路のような坂道を上がり、息を切らして振り返ると、穏やかな街と海が広がっている。

この建物が2020年にオープンしたばかりとは思えないほど街並みに馴染んでいるのは、もう60年以上ここにいるアパートをリノベーションした建物だからだ。
僕はリノベーション建築が好き。
その建築から染み出す空気、古くなった設備、当時の先進性、味と呼ぶかもしくはひび割れ、それをどこまで活かすか、何を差し込むか...ある意味新築よりも建築家の考え方・もののとらえ方がよくわかるからだ。
多くのリノベーションがBeforeとAfterをわかりやすく提示してくることが多い中で、ここは一味違った。
門を潜ると、アパートの構造そのままに狭い階段がある。
案内サインは最小限で、入るのを少し躊躇うくらい、主張がない。



窓はぶち抜かれ、階段踊り場は躯体のみになり、ほとんど外との境目を感じない。
所々のアート作品は、空間にゆとりを持たせてくれている。
しかしわかりやすい見せ場となる空間がない。何がそんなに良いの?と聞かれたら、
「この空気感かなあ...」
という曖昧な答えになりそう。
だけどそれは尾道の街そのもののようで、街に優しく蓋をしただけのようだと思った。
アパート特有の古き良き温かみはそのままなのに、しっかりと新しさを感じる。

たぶん、日本ではあまり見ないピンクや緑の色使いがそう感じさせている。
このリノベーションを指揮した、インドのスタジオムンバイが持ち込んだ「アジアの空気」なのかもしれない。

額縁に飾られた狭い海と坂の景色を後ろに、コーヒーとチーズケーキを頂いた。
浅煎りと広島らしいレモンの酸味を口に含んで外の暑さを慣らしてから、もう一度この空気の中を迷ってみようと席を立った。